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看護部の新たな管理体制2-看護部(22)

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皆様こんにちは。

暑い暑い夏が過ぎ、いつの間にか目覚めに冷たい空気を感じる今日この頃ですが、お元気ですか?
今回ブログ担当の外来、冨田です。
私はこの時期のアレルギー症状で、毎朝くしゃみと鼻水でティシュが離せない日々です。

今までからブログが本当に苦手で、何をどう書いたらいいのか悩みに悩みます。従妹は日々のちょっとしたことを楽しくブログに投稿しています。その才能が私にはない!どうしよう!時間がない!と看護部長に相談しました。すると「何言うてんの?書くこと一杯あるやん」と一笑され、そうか、これしかないと思いました。

私が相馬病院に採用されたのは平成6年、4時間のパート職員からスタートでした。その5年後常勤採用になり平成18年から師長職を任命され、従事していました。
外来勤務は初めてで、看護職にもブランクがありました。手術室の経験しかなく、何もかも初体験でした。点滴で静脈留置をすることさえも初めてで夢に出てきました。「怖い!痛い!できひん!」その当時患者様が「初めてか?ええで失敗してもいいしやってみい」と自信のない私に声をかけてくださり神様に見えました。なんだかんだとパート採用3日目で早くも身体症状出現。毎朝の嘔気で「辞めようか」と思いました。当時の上司は「今日よりも明日」を口癖にされる方でした。「そうだ。辞めるもんか。1年間は続けるぞ。明日になればどうにかなるさ」と、自分で就職を決めたことを自分に言い聞かせ、娘を自転車の後ろに乗せ通勤しました。子供たちは相馬保育所のおかげで健やかに育ちました。その1年後引っ越しになり「多分辞めるよね」と上司に聞かれ、またまた「辞めるもんか」「実家が近いので続けます」と返答し、この時が人生の分岐点になりました。

引っ越し後、夜診当直のために出勤する時間には、わが子の下校時間と重なりました。横断歩道で手を振る子供たちに手を振り返し、バスに乗り込むときは一瞬寂しくなり、辞めようかなと自問自答をしました。「いやいやそんなことはない。看護師の家庭はそんなもんや」と思い直しました。ある日、バスに乗り振り返ると娘が自転車でバスを追っかけてきました。さすがに参りました。その後、娘は諦めて友達と遊びすっかり気分は晴れたようでした。少し困らせたかったようです。今では遠い過去の懐かしい思い出です。

師長として私はいつもスタッフに伝えていた事があります。家族、特に子供のことは一番に優先してほしい事、それを伝え環境を整える手助けをしてきました。寂しい思いや不安な思いを家族や子供に与えないこと、それが看護師を継続していく上で大事なこと大切なことだと思っています。

平成18年から長きにわたり師長職を務めて参りましたが、9月末でようやく師長職の交代人事となり、後輩に師長のバトンをつなぐことができました。予定より2年足らず延長となった役職の期間でした。
今改めて振り返ると家事と仕事の両立は、家族の理解と協力で続けられました。仕事も楽しく毎日がスリリングで刺激もありました。そして、家族以外に素晴らしいスタッフがいてくれたことが一番です。随分とスタッフに助けられ感謝の思いで一杯です。

今の私の楽しみの一つは、ナース競馬女子です。
大好きなビールを片手にデーター収集をして、騎手の特徴(概ね好み)を読み馬券はネット購入で家飲みを満喫しています。
そして師長職という重圧から解放され、これからも当院看護部の一員として、看護職という職業を楽しみながら勤務したいと考えています。

最後に今年は大変な年ですが必ずこの経験が今後の役に立ちます、とエールを送りたいです。
そして私は健康で仕事が続けられることに感謝しています。
次回のブログ担当は2病棟木山主任です。どうぞよろしくお願いいたします。

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