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看護部の新たな管理体制2-看護部(42)

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6月の看護部ブログリレー担当は相馬病院 訪問診療の松山がお送りします。

私は27歳ごろ、相馬病院に就職しました。看護師の経験のないままの就職でした。最初に配属されたのは外来でした。
看護経験のない私を先輩看護師や同僚は手取り足取り指導してくださいました。看護技術を経験できる環境として、外来勤務はとても有益な場でした。
いろんな科の診察介助を経験していくなかで、内視鏡室の担当となりました。最初は医師の介助に精一杯で患者をみる余裕はありませんでした。
ある時、胃カメラの介助をした患者さんから「今回はとても心強く楽だった」との言葉をかけられました。内視鏡中に背中をさすったり声をかけてくれたこと、そばに寄り添ってくれたことがとても心強く感じられ、苦痛が和らいだと言ってくださいました。
検査や処置は患者さんにとっては苦痛と不安が伴い、体への負担も大きなものです。
そんな場面で患者さんに触れて、感じて、寄り添うことの大切さ、看ることの重要性を痛感しました。
とても貴重な経験だったと思い出されます。また手術室の業務担当も命じられました。
治療を終えて退院し、在宅に戻られる過程を間近でみれる業務環境でした。そして今、訪問診療に携わっています。
往診業務につき始めたころに関わった食道がんに罹患された女性患者さんの紹介をさせていただきます。

その方は姉と二人暮らしで往診を受けられていました。
食道がんが進行し、終末期を迎え、その時点では自宅で過ごされることとを選択されました。
食道の狭窄で食事が入らなくなり、昼間は点滴で栄養補給を実施、夕方にロックされる生活となられました。
終日点滴しているのは制限も多いため、夜間は点滴なしでフリーになれる時間をつくり、銭湯に行かれたり好きなものを食べたりされる生活を送られていました。
病状が進行し、在宅での生活が身体的にも家庭環境的にも厳しくなったため入院となりました。
そして病院でお亡くなりになられました。

後日、姉のもとに面会に行った時、「あの子は本当は家にいたかったんやと思う。でもそれを叶えてあげられへんかったのが辛くて悔やまれて仕方ない。」との言葉が聞かれました。
私はその言葉を聞いてとても驚きました。癌終末期である妹を支え続けての生活は落ち着かない大変な状況であったと思われ、病状悪化で入院という形にはなったものの、姉としては達成感、やりきった感があるのだと思っていたのです。
しかし実際は家で、自分のそばで最期まで看取りたかったという思いが姉にはあったのです。姉の気持ちに気づかず、寄り添えなかった自分は看護師としての気付きができていなかったことに情けなさを感じました。
姉の言葉ひとつひとつをしっかり受け止め、考え、伝え、行動に起こすことができていなかったと反省しました。
死にゆく人を支える人の思いを感じることができた経験でした。

看護職に就いて約20数年が過ぎました。
その間、いろいろな人たちに助けられ、支えられてきました。看護や業務に悩んだ時、インシデント発生の当事者になった時、プライベートなことで迷った時は周囲にいる仲間に勇気づけられ、教わり、奮い立たせてもらいました。
今後も出会いやかかわり、つながりを大切にしながら働いていきたいと思っています。

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